協調介入の効果を消すのは原油か

今後の円相場を決める米・イラン交渉とホルムズ海峡

協調介入の効果を消すのは原油か

日米両国による異例の協調介入によって、円相場は一時、1ドル=164円近辺から155円台まで大きく上昇した。

しかし、介入によって円安の流れが完全に変わったと判断するのは早い。

8月6日時点では、円は1ドル=157円台後半まで再び下落している。介入による円高効果の一部がすでに失われており、市場では米国とイランの和平交渉、ホルムズ海峡の通航、そして原油価格の推移が強く意識されている。ブレント原油は和平への期待から1バレル=79ドル前後まで下落したが、交渉の実現性には依然として不透明感が残っている。

参考:Reuters

今後の円相場を考えるうえで、最大の鍵の一つは中東情勢であり、特に原油価格である。

米国とイランの間で実効性のある和平が成立せず、ホルムズ海峡の輸送障害が続けば、原油価格は再び上昇する可能性がある。その場合、今回の協調介入による円高効果が消し去られることも十分に考えられる。

介入が変えたのは市場心理である

今回の協調介入には、極めて大きな心理的効果があった。

日本だけでなく米国まで円買いに参加したことにより、投機筋は「円を売り続ければ、日米両政府を相手にすることになる」と認識せざるを得なくなった。

その結果、積み上がっていた円売りポジションの買い戻しが起こり、円は短期間で大きく上昇した。

しかし、為替介入が直接変えられるのは、主として市場参加者のポジションと心理である。

介入だけでは、

  • 日本のエネルギー輸入額
  • 日米のインフレ率
  • 日米の政策金利差
  • 日本企業による恒常的なドル需要
  • 原油の供給量

までは変えられない。

したがって、介入後の円高が持続するためには、円安を生み出している基礎的な経済条件も改善しなければならない。

ロイターが8月初旬に実施した為替市場関係者への調査でも、介入だけで円高が定着するとの見方は少ない。3カ月後のドル円予想の中央値は159円であり、持続的な円高には、原油価格の低下、日銀の追加利上げ、日米金利差の縮小、日本への資金還流などが必要だと指摘されている。

参考:Reuters

日本にとって原油高は強い円安要因になる

日本は原油輸入の90%以上を中東に依存している。

そのため、中東で軍事衝突や海上輸送の混乱が起きると、米国や欧州以上に大きな影響を受ける。ホルムズ海峡の通航が滞れば、日本のエネルギー安全保障と貿易収支に直接的な打撃が及ぶ。

参考:資源エネルギー庁

原油価格が上昇すると、日本の電力会社、石油会社、航空会社、運輸会社などは、より多くのドルを用意して原油や燃料を購入しなければならない。

その過程では、円を売ってドルを買う取引が発生する。

つまり、

原油価格の上昇

日本の輸入代金の増加

企業によるドル需要の増加

円売り・ドル買い

円安

という流れである。

投機筋による円売りなら、介入によって一時的に巻き戻すことができる。

しかし、エネルギー輸入企業によるドル需要は実需である。日本が原油を輸入し続ける限り、毎日発生する。

原油高が長期化すれば、政府が一度に数兆円規模の円買いを行っても、その後の実需によって円が徐々に売り戻される可能性がある。

原油高は日銀を苦しい立場に追い込む

原油価格の上昇は、日本国内のガソリン、電力、物流、原材料、食料品など、広範な価格に波及する。

円安と原油高が重なれば、輸入インフレはさらに強まる。

日銀が物価上昇を抑えるために利上げすれば、日米金利差が縮小し、通常は円高要因になる。

しかし、利上げによって日本国債金利が上昇すれば、日本政府の利払い費も時間の経過とともに増加する。巨額の国債残高を抱える日本にとって、大幅な利上げを続けることは容易ではない。

反対に、景気悪化や財政への影響を懸念して利上げを見送れば、実質金利が低下し、再び円が売られやすくなる。

つまり日本は、

利上げすれば、国債費と景気が苦しくなる
利上げしなければ、円安と物価高が進む

という二律背反に直面する。

特に今回の原油高は、国内需要の強さによって起きるインフレではなく、中東からの供給制約によって起きるコストプッシュ型インフレである。

景気を弱らせながら物価だけを押し上げるため、日銀にとって非常に対応しにくい。

原油高は米国の金利も押し上げる

原油高の影響は日本だけではない。

米国でも、ガソリン価格、物流費、航空運賃、製造コストなどを通じて物価が上昇する。

米国のインフレが再加速すれば、FRBは利下げを延期したり、場合によっては追加利上げを検討したりする可能性がある。

すると、

原油高

米国のインフレ再加速

FRBの利下げ延期・追加利上げ観測

米国債利回り上昇

日米金利差の拡大

ドル高・円安

という経路が生じる。

つまり原油高は、日本側では輸入代金の増加によって円を売らせ、米国側では金利上昇によってドルを買わせる。

ドル円を両側から円安方向へ押す力を持っているのである。

現在の市場でも、中東情勢に伴うエネルギー価格の上昇が米国のインフレを押し上げ、FRBの追加利上げにつながる可能性が意識されている。これも、為替市場関係者が協調介入だけでは円高を維持できないと考える理由の一つである。

参考:Reuters

正式な和平発表だけでは不十分

市場にとって重要なのは、「和平交渉が進展した」という政治家の発言だけではない。

本当に確認すべきなのは、

  • ホルムズ海峡をタンカーが通常どおり通航しているか
  • 湾岸産油国の輸出量が回復しているか
  • 海上保険の戦争リスク料が低下しているか
  • 船舶の検査や通航料をめぐる合意が成立したか
  • 原油積み出し港や関連施設への攻撃が停止したか

である。

米国とイランの協議については進展が伝えられているが、ホルムズ海峡への船舶の入域管理、検査、通航料などをめぐって重要な争点が残っている。米国側も、イランに海峡への強い管理権を認める案には慎重であり、合意が実際に成立するかはまだ明確ではない。

参考:Reuters

たとえ停戦や基本合意が発表されても、船会社や保険会社が安全を確信しなければ、タンカー輸送は元の水準には戻らない。

政治的な和平と、石油市場の正常化は同じではないのである。

三つのシナリオで考える今後の円相場

1.米・イラン合意が成立し、通航が正常化する場合

ホルムズ海峡の通航が正常化し、湾岸諸国の原油輸出が回復すれば、原油価格に上乗せされている地政学的リスクは低下する。

この場合、

  • 日本の輸入代金が減少する
  • 国内の物価上昇圧力が弱まる
  • 米国のインフレ懸念も後退する
  • 米国債利回りが低下しやすくなる
  • 日米金利差が縮小する
  • 協調介入による円高が定着しやすくなる

という流れが考えられる。

これは円にとって最も好ましいシナリオである。

ただし、和平成立後も米国経済が強く、FRBが高金利を維持すれば、円が急速に大幅上昇するとは限らない。

2.交渉は続くが、輸送制限が残る場合

全面的な戦闘は避けられても、通航制限、船舶検査、保険料の高止まり、原油輸出の減少などが残る可能性がある。

この場合、原油価格は急騰しない一方で、大きくも下がらない。

協調介入によって160円を超えるような急激な円安は抑えられても、円が持続的に上昇する材料も乏しい。

ドル円は日米当局への警戒から荒い値動きを続けながら、再び円安方向へ押し戻されやすい状態になると考えられる。

3.交渉が決裂し、軍事衝突が再激化する場合

最も危険なのが、米・イラン交渉の決裂とホルムズ海峡の再封鎖である。

原油価格が再び100ドルを超えるような状況になれば、日本の輸入額とドル需要は急増する。

米国でもインフレと国債金利の上昇が意識される。

この場合、短期的には「有事の円買い」やキャリートレードの巻き戻しによって、一時的に円が上昇する可能性もある。

しかし混乱が数日ではなく、数週間から数カ月続けば、

  • 日本の貿易条件悪化
  • 輸入企業のドル需要増加
  • 米国の高金利長期化
  • 日銀の政策対応の困難化

が優勢になる。

その結果、今回の協調介入で生じた円高が失われ、ドル円が再び160円台を試す可能性が高まる。

これは確定的な予測ではないが、原油高が長期化した場合に最も警戒すべき経路である。

原油高は日米国債問題も再燃させる

今回の日米協調介入の背景には、日本が円買い介入のために米国債を大量売却し、それが米国債金利を押し上げることへの警戒があったと考えられる。

原油高によって再び円安が進めば、日本政府には追加介入を求める圧力が高まる。

日本が米国債を売却して介入資金を調達すれば、米国債の価格が下落し、米国の長期金利が上昇する可能性がある。

一方、原油高による米国のインフレも、米国債金利を押し上げる。

つまり原油高は、

円安

日本の追加介入圧力

米国債売却への警戒

米国債利回り上昇

ドル高・円安

という循環を再び動かす可能性がある。

今回の協調介入は、この円・日本国債・米国債の連鎖を止めるための措置でもあった。原油高は、その連鎖を再起動させる最大の外部要因になり得る。

参考:Reuters

今後、何を見ればよいのか

円相場の先行きを判断するには、ドル円のチャートだけを見るのでは不十分である。

今後は、少なくとも次の四つを継続して確認する必要がある。

  1. ブレント原油価格
    80ドル前後で安定するのか、再び90~100ドル方向へ上昇するのか。
  2. ホルムズ海峡の実際の通航量
    和平に関する発言ではなく、タンカーが通常運航へ戻っているか。
  3. 米国債利回り
    原油高によるインフレ懸念から、米国の長期金利が上昇していないか。
  4. 日銀の政策姿勢
    日銀が輸入インフレと円安に対し、追加利上げに踏み切れるか。

協調介入の成否は中東で決まる

今回の協調介入は、円売り投機に対して大きな警告を与えた。

しかし介入は、原油を生産することも、ホルムズ海峡を開通させることもできない。

米国とイランの交渉が実効的な合意につながり、原油輸送が正常化すれば、協調介入による円高は定着しやすくなる。

反対に、交渉が決裂し、原油価格が再び急騰すれば、介入によって得られた円高は徐々に失われる可能性がある。

したがって、今後の円相場を決める最大の鍵は、日本政府が再び市場介入するかどうかだけではない。

米国とイランが実効性のある和平に到達できるか。
ホルムズ海峡が実際に正常化するか。
そして原油価格がどこで安定するか。

この三点である。

介入は円安の速度を抑えられる。

しかし中東発のエネルギーショックが長期化すれば、日米両政府の協調介入を上回る規模の円売り圧力が生まれる可能性がある。

今回の協調介入の最終的な成否は、東京やワシントンの為替市場ではなく、ホルムズ海峡と中東の交渉テーブルで決まるのかもしれない。

今回の協調介入に関して参考になると思った記事
https://ameblo.jp/have-to-love/entry-12974925063.html

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